2023-05-10

テルモ社長CEO・佐藤慎次郎のパーパス論「多様性こそ創造の源泉、グローバル経営の進化を!」

佐藤慎次郎・テルモ社長CEO

コロナ禍を経て今、感じているのは、「新しい世界が生まれてきている」ということ。世界160カ国以上で販売し、グローバル経営を展開する医療機器大手・テルモ。世界のグループ会社の自立・自律性を高めながら、「多面的なガバナンスを進化させつつ、グローバル化を進化させていきたい」と社長CEO・佐藤慎次郎氏は語る。カテーテルなどの心臓血管、メディカルケアソリューションズ、血液・細胞テクノロジーの3領域を核にした事業展開だが、その国・地域のローカルニーズも取り込んで、将来を見込んでの事業構造改革が進む。医療機器の分野は、常に新しい製品・サービスが要求されるが、「自分たちの多様性を開発・製造に生かしていく」と佐藤氏。事業改革と併せて、意識改革も進行中。佐藤氏が取り入れているのは、どんな人も成長の余地があるという『グロース・マインドセット(Growth Mindset)』論。「やればできる」というその骨子とは─。

コロナ禍が3年経った今「アクセルを踏み込む」

「このコロナ禍の3年間で心理的にみんなブレーキがかかっている。というか、安全サイドに寄りかかってオペレーションし、事業計画も練ったりしていて、そうした心理が根付いてしまっている。気が付かないうちにです。それを意識的に解き放とうと。そして意識的に前に進もうと呼びかけています」

 医療機器大手のテルモ社長CEO・佐藤慎次郎氏は、「時代は動いている。何があってもフレキシブルに対応していく姿勢を」と国内外のグループ会社に呼びかける。

 テルモは世界160カ国以上で、医療機器の販売や医療支援サービス活動を展開。

 コロナ禍で引き合いの強かったエクモ(体外式膜型人工肺)、心臓血管の手術で使うカテーテルなどの医療機器、それに注射器類や医薬の生産をグローバルに行っている。

 売上の7割は海外であげ、従業員の8割は海外で働く。従業員数は全世界で2万8千人強というグローバル企業だ。

 佐藤氏は、昨年から世界中を回り、現地の幹部、社員と対話を進めている。

「世界の動きは速い。日本が一番守りが強くて、世界はもう動きだしているということです」

 世界の現実を見つめ、自分たちもそれ以上に頑張らないと、競争に置いて行かれる─という佐藤氏の現実認識である。


自分たちの存在意義は何か?

 何より、コロナ禍の教訓は何だったのか? コロナ禍にどう対応してきたのか?

「コロナ三原則と言っていますが、これをいち早く立てました。まず、従業員の健康安全、それから医療の安定供給、そして積極的にコロナの診療・治療に貢献する。この3つでテルモの役割を果たそうと。いつも危機の時は、どちらかというと、うちは2番目だけを強調してきた。つまり医療の安定供給責任を負って、それを全うしようということでやってきました。しかし、今回のコロナ禍では、それに加えて、従業員を本当に守りながら進むのだと。従業員の安全と健康が第一。でも、それだけではテルモは存在する価値がないので、このコロナ禍で医療にどう貢献するか、どうやったら積極的に治療や診断に貢献できるかを追求しようと。その追求が、テルモのパーパスをもう一回肌感覚でみんなが噛みしめるいい機会になったと思っています」

 パーパス(purpose)─。Purposeは〝目的〟、〝意図〟、そして〝意志〟、〝意義〟などの意味を持つ言葉だが、最近は〝存在意義〟という意味でよく使われる。

 自分たちの存在意義とは何かという命題である。

 テルモの設立は1921年(大正10年)で、体温計の国産化からスタートした。

 当時は第1次世界大戦終戦間もなくで、世界中が疲弊。加えてスペインインフルエンザ(風邪)が大流行。死者は数千万人から1億人とも言われ、パンデミック(世界的大流行)となった。

 当時、日本は国民の予防や医療に不可欠な体温計をドイツから輸入。大戦で敵国のドイツから輸入できなくなり、国産のいい体温計をつくろう─という関係者の思いでテルモが設立されたという経緯。当時、北里柴三郎博士らが設立を主導。北里博士はペスト菌発見や、破傷風の治療法開発で知られ、感染症医学の発展に尽くした人物。

 100年余の歴史の中で、同社には4つの節目があった。1回目は体温計の国産化。2つ目は1960年前後、初めて使い切り(ディスポーザブル)の注射器を導入。感染防止を図るための製品開発であった。

 3つ目がプラスチックのディスポーザブル輸血バッグの開発。テルモは日本赤十字社と提携し、献血時の血液の採取、運搬などのプロセスに関わってきた。従来のガラス瓶では危険だという判断での製品開発。

 そして、4つ目が80年代に登場するカテーテル治療。カテーテルは医療用に用いられる柔らかい管。狭心症や心筋梗塞などの冠動脈症の診断や治療に使われる。カテーテルを血管内の目的部位まで誘導(ガイド)するワイヤー、つまりガイドワイヤーも同社が先駆けて開発した。

 同社のカテーテル、ガイドワイヤーは世界の市場を席巻しており、世界のスタンダードというポジション。こうした歴史を踏まえ、佐藤氏は「医療のために尽くしているというだけではなくて、進化に貢献しなくてはならない」と語る。


社員に自発的な動き 一方で課題も……

 今回のコロナ禍では、同社のエクモやワクチンのシリンジ(注射筒)が注目を浴びた。コロナ禍初期には注射器不足が課題となったが、同社は効率的に1人でも多くの人がワクチン接種を受けられるように、新しいタイプのシリンジを早急に開発。その開発はどう進めたのか?

「わたしが指示命令して、号令してやったことではなくて、一人ひとりの社員が、アソシエイト(同社では社員のことをこう呼ぶ)が自分たちの仕事の意義をよく理解して、自発的に動いてくれました」

 社員が自発的に動いてくれたことは「非常に嬉しかった」と佐藤氏は気持ちを明かす。

 一方、課題として感ずるものは何か─。

「世界が分断されていくという中、わたしたちのようなグローバルな会社が、歩みを止めないということの難しさ。そこはやはり課題として残っています」

 佐藤氏は「やはり全ての動きが少しスローになりやすい局面を迎えてきていたなというふうに思います」という認識を示す。

 コロナ禍という非日常事態の発生。今後も、こうした危機が起こり得るわけで、そうした事態が起きた時に、医療チームの一員として、どう俊敏に対応していくかという課題である。

 そして、一連の資源・エネルギー価格の高騰や、原材料高などのコストアップにどう対応するかという課題もある。

 コロナ禍1年目の決算(2021年3月期)は売上高約6138億円で前期比2.3%減、営業利益は約983億円で同10%減の減収減益となった。

 コロナ2年目の22年3月期は売上高7033億円で前期比14%増、営業利益は1159億円で同17%増と増収増益に転じた。23年3月期の業績は近く公表されるが、市場では増収増益を見込む。

 ともあれ、「不確実性の時代」にあって、どうフレキシブルに時代の変化に対応していくかという課題。それは業績にも直結してくる。


グローバル化の中で今後のガバナンスは?

「われわれの仕事はかなりグローバルに人が往来し、情報が行き交う。その中でいかにチームアップして物事を進め、リスクを取っていくかですが、どうしてもローカルに話が止まりやすい。ローカルの仕事に集中しやすい傾向があるので、リスクテイクするアクションが出にくい期間だったのかなと思います」

 前述のように、同社は世界160カ国以上で製品の販売活動を展開。生産工場は30か所以上に及ぶ中で、ガバナンス(統治)をどう効かせるかという経営課題。

「ええ、ガバナンスって、口で言うのは簡単だけれども、やはり数が増えれば増えるほど難しくなります」という佐藤氏の言葉にも実感がこもる。

 佐藤氏はグローバル経営の中で、ローカル、リージョナル(地域的)のニーズを柔軟に取り込みながら、「多面的にガバナンスを強化していく」とその方向性を語る。

 20年前、30年前は、本社に子会社の管理課を設置して、海外子会社の自立化を促していけば業績も伸ばしていけた。

「はい、それはよく昔からテルモを知っている方々からは、『テルモさんはいまだに子会社の自立に任せてやっているんじゃないのですか』と言われるんだけれども、もうそんな時代ではなくなっています」

 海外事業が増えていく過程で、海外子会社の自立化は1つの事業モデルであった。成長へのインセンティブ(刺激材料)になるし、「われわれにはない発想が生まれてくる」(佐藤氏)ということで、メリットも大きかった。

 しかし、一方で、「長い時間軸で見ると、どこかに見えなくなるものがあったり、悪い所が是正されないまま温存されていく面もあった」と佐藤氏。

 そこで、テルモとしては、経営の基本軸のところでの標準化を進めるべく、「自立性の上にもう一回、グローバルの規律を入れる」として、〝グローバル化の進化〟を図る方針だ。


状況変化の中、サプライチェーンの構築は?

 例えば、製造業の場合、生産拠点をどこに持つかという選択。これまでは、コストが安い国や地域に工場をつくり、需要地に運ぶという形で国際競争力を付けよう─というパターンが多かった。

 ところが、今はそう単純にコトが運ばなくなった。経済安全保障をどう取り込むか、つまりセキュリティコストをどう見込むかという経営課題も加わる。

 サプライチェーンの構築でも、ここ数年はコロナの問題が絡み、また、地政学的なリスクで「リージョン(地域)をまたぐ物品の移動がままならないリスクも出てくる」(佐藤氏)。

 そうすると、地域別、あるいは巨大市場別にサプライチェーンを確立する必要も出てくる。

 海外進出も、ひと頃は『地産地消』ないしは『世界最適生産』というコンセプトで対応することができたが、今は単純な地産地消論では対処できない。

 また、医療機器も顧客ニーズに寄り添うとか、ソリューション(課題解決)を提供する時代になり、ローカルニーズにも対応していかなければならない。

「そうすると、やはりカスタマー(顧客)の近くに生産拠点があることのメリットもある」

 コスト低減のために、どこかに一極集中して作れば済む時代ではとっくになくなっている。

 そうかと言って、あちこちに分散することはBCP(事業継続)の観点から問題が生ずる。

 中長期に見て、生産拠点をたくさん分散させることも問題だが、一極集中することもできない。結局、適度な地域分散というか、「グローバルの生産のバランスを考えるほかない」ということになる。

 そして、短期的なスパン(期間)で起きる問題に、どう対応するかという課題もある。

 例えば、米国ではコロナ禍の期間中も好景気が続き、雇用状況が良かった。企業の求人意欲が強く、人手不足が続いた。

 そうなると、米国内での生産計画にも影響が出てくる。米国内の雇用事情で、米国での生産がそれ以上見込めないということになる。どう対処したのか。

「例えば、米国内での生産を中南米のコスタリカなどに移して解決を図ってきた」と佐藤氏。


中南米コスタリカの事業はなぜ、伸びる?

 中南米コスタリカ。中央アメリカ南部に位置する国。政治的に不安定な国々が少なくない中南米にあって、コスタリカは共和制国家で、民主主義政治を維持。外資系の金融や、製薬などの製造業も数多く進出している。

 南は太平洋、北はカリブ海(大西洋)に面しており、地理的条件にも恵まれている。人口は500万人強。

「コスタリカはわれわれの中では、わりと今は戦略的な生産拠点になりつつあります。これは10年前ぐらいから工場生産を始めたのですが、想像以上に優れた生産率をあげています」

 コスタリカは1821年にスペインから独立。公用語はスペイン語だが、「英語が話せるし、アメリカと時差がなく、労働者の質が高い。それから、政府が医療機器産業に特化したサポートをしてくれている」という。

 現に、米国の医療機器や医薬関連の企業がコスタリカに生産拠点を構えている。サプライチェーン構築のための自由度も相当に高いという評価である。

 また、巨大市場・米国に直接アクセスでき、太平洋、大西洋のどちらにも面するという地理的特性も活かせる。

「いざとなれば、製品を西海岸にも東海岸にも出せるし、また日本や中国、欧州市場にも出すことができる」

 危機管理上も、コスタリカに生産拠点を構えることで、サプライチェーンを有力なものにしていける。


日本の立ち位置は?

「生産拠点の面からすると、日本はやはりマザー工場としての位置付けです。一番複雑で、進んだタイプの生産工程を入れる時は、多くの場合、最初に日本で入れて、それを確立した後に、海外に移していくというのが、今でもモデルです」

 佐藤氏は、「(日本は)マザー工場としての責任を負う」と語り、テルモとして、モノづくりのシステムにスピリット(魂)を入れていくのも、「日本の工場での実践があってこそ」という考えを強調(インタビュー欄参照)。

 もっとも、製品開発も、各国の子会社や工場が日本のモデルをただ真似していけばいいというわけではない。

「ええ、それは画一化する必要はなくて、それぞれの会社が持っている発想とか自由な想像力というのを活かしていく。それがまた、日本にとっても逆にメリットなんですね。世界中で同じものをつくっているのでは、新しいものは生まれない。それこそ、多様性(ダイバーシティ)のメリットを医療機器のR&D(研究開発)の分野ほど享受できるところはないんですよ」

 佐藤氏は、「多様性は確実に創造の原点です」と強調する。

 自分たちの強みとは何か?

「テルモの大きな強みとしてはドラッグデリバリー。注射器は何のための注射器かといえば、お薬を届けるためのもの。つまりドラッグデリバリーなんですね。カテーテルも、お薬を体内の患部に届けることもできると」

 佐藤氏は製薬会社との提携で、「うちの医療機器と彼らの医薬品を組み合わせたコンビネーションのプロダクトを開発していく」と今後の方向性を示す。


大学卒業後、二度の転籍「人は変わり得る」

 混沌とした時代をどう生き抜くかという命題。

 佐藤氏は1960年(昭和35年)7月生まれの62歳。東京大学経済学部卒業後、84年に東亜燃料工業(現ENEOS)入社。エネルギー産業再編の波の中で、東燃は旧日本石油グループと合併。本人は99年、朝日アーサーアンダーセン(現プライスウォーターハウスクーパース、PWC)に転籍。ここでは米アーサーアンダーセンがエンロンの不正会計に関わり、会社が消滅するなどの出来事を体験した。

「わたしも(大学卒業時に)会社を辞めるなどということは思いもよらなかったし、よもや医療機器の会社に最後来るとは思いもしなかった。そういう意味では、日本の停滞した30年が話題になりますが、わたしは世界経済とか日本経済を図らずも体感しながら、自分のキャリアとシンクロ(共振)した感じです」

 石油業界は再編を余儀なくされて、大手監査法人のアンダーセンは厳しい顛末を迎えた。その中を生きてきた佐藤氏にとって、「もう世界の情勢が自分の人生を動かしたところがあります」という思い。

 そして、「新しいタイプの産業ヘルスケアに最後にたどり着いた」のだが、自分としては、「知らない間に」そういう流れに乘ってきたという感じである。

「同世代の人でも、一つの会社をちゃんと勤め上げられた方はたくさんいます。そういう人たちから見れば、可哀想にと思われているかもしれないけど(笑)」

 働く場を二度にわたって変え、三度目のテルモに入社したのは2004年、43歳の時だ。

 世界の動き、社会の変化の波に「もまれた」という気持ちを抱きながら、「苦労をしたけれど、何かこう新しい道が開けた。何か新しいものを得たと。そういう感じはしています」という佐藤氏の感慨。

 では、そうした変化に直面した時、どういう気持ちで臨んできたのか?

「わたしはそんな大層な人間ではないので、変化の時はやはり打ちのめされて、失敗もしたし、落ち込んだ時期もありました」

 佐藤氏は率直にそう打ち明けながら、「人間は変わらない」という見方を捨てて、「どんな人も成長の余地がある」という考えが大事と語る。

「わたしどもは今回の人事改革の中で、意識改革をやっていますが、世界的にも注目されている『グロース・マインドセット』という考えを取り入れています。アメリカの方が考え出したコンセプトなんですが、それは『やればできる』という意識改革です」

『グロース・マインドセット』(Growth Mindset)─。どんな人も変わり得るし、成長の余地があるという考え方。

 これに対し、人間は変われないし、能力は天与のもので、能力には限界がある─という考えがフィックスト・マインドセット(Fixed Mindset)である。

「苦しい時はフィックスト・マインドセットになりやすい。『ああ、もう駄目だ』とか、『どうせ自分は変われないのだから』とかね。あるいは『世界のほうが悪い』とか、『自分が悪いのではない』とかなる。しかし、グロース・マインドセットだと、みんなでお互いに刺激しながら、前へ進むという考え方」

 改めて、なぜグロース・マインドセットがいいのか?

「個人が成長する。それが会社の成長を支えていくからです」

〝成長する個人〟は世界中の拠点にいるのか?

「そうですね。それは先ほどのダイバーシティ(多様性)ではないけれども、われわれの所にはいろいろな人間が次から次に入ってきます。志を持った人というのはいて、やはり面白い人材がいて、日本ももちろんですけど、海外の現場でもハッと思わせることがあるんです」

『グローバルと多様性を楽しもう』という佐藤氏の経営である。

本誌主幹 村田博文

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