母子を主役にする施設づくり ─ それらを踏まえて、産前産後ケアの普及を図るためのポイントはどこにありますか。
福島 私は以前から産前産後の切れ目のない支援が必要だと強調してきました。妊娠・出産時期のケアは主に医療機関で、子育てや虐待対策は主に福祉機関と分かれていることが多いのですが、産前産後の時期は担当機関が分散しているのです。
一方で、母親にとっては妊娠・出産・子育てはつながっています。病院などで出産し、短期間で退院した後には日常生活と育児が待っているわけですが、出産直後の母親は女性ホルモンの劇的な低下によって倦怠感が著しく、精神的にも不安定な状態にあると言われています。
赤ちゃんにとっても心理的健康を決定すると言われる愛着を形成する上で最も大事な時期でもあるのですが、ここがブツリと切れている。だからこそ、産前産後ケアのうちの産後ケアは母親となった女性の心身を癒し、親子の愛着を形成し、親としての自立を促し、社会復帰への援助を行うことになります。
武蔵小杉に開業した複合施設「コスギアイハグ」内にある産前産後ケア施設「ヴィタリテハウス」 ─ 産後ケアが子育ての第一歩になるわけですね。
福島 ええ。ですからこのヴィタリテハウスでは衣食住の暮らし方を強く意識しています。産後ケアという出発点に立ち、子育てを始める暮らしをスタートさせる。どんな保健指導を受けるべきかといった形式的なことではなく、何を食べて、何を着て、どんな所に住んだらいいのかといった子育てに関する暮らし方を感じていただくと。
ですから、ヴィタリテハウスでは徹底的にくつろぎ、癒される空間づくりに力を入れました。母親が子どもと過ごす各部屋には現代美術作家の流 麻二果さんがこの施設のために描いたオリジナルの作品が飾られており、毎日の食事は料理研究家の植松良枝さんがプロデュースしてくれています。広々としたリビングルームを設け、お茶を飲むだけでも心が癒されます。
これまでの産前産後ケアでは、どうしても我々の方から妊婦検診や保健指導をするといった一方的な考え方に偏りがちだったのですが、この施設では母子共に居心地がよく、何が満たされていて、何が足りないのかといったことを自分で感じていただくような設えにしています。
─ 主役を切り替えたと。
福島 その通りです。母親がその足りないと感じる部分を私たちが支援させていただく、寄り添わせていただくというのが、この施設のテーマです。子育ての主役は母親ですから、施設で過ごす主役も母親にしなければなりません。ですから当初は我々の中でも葛藤がありました。
母親の中にも、とにかくぐっすり寝たいという人もいるでしょう。しかしそれまでは母親がそう思っていても、決められた時間に起きて保健指導をしていたわけです。病院側がスケジュールを決めて、それに従ってもらっていたわけですね。そうではなく、ここでは母子を主役に切り替えました。