2023-06-01

白井さゆり・慶應義塾大学総合政策学部教授「物価目標2%を5年で総仕上げする。これが植田総裁の発言のポイント」

白井さゆり・慶應義塾大学総合政策学部教授




YCCの修正をどう見る?

 ─ 足元で物価は上昇していますが、コストプッシュによるものですね。

 白井 はい。現在のインフレは6割が食料、1割が外食といった外部要因なのでインフレは長続きしません。すでに契約通貨建て輸入物価は下落方向にあるので年末には2%を下回る可能性が高いと思います。物価目標2%の実現は、需要、賃金、企業利益が増える経済を実現しなければいけない。植田さんはそうしたインフレをつくりたいとおっしゃっているわけです。

 ─ 前総裁の黒田東彦氏の10年間でも、物価目標2%は達成できませんでした。

 白井 内需と賃金の上昇による2%の達成は非常に難しい。目一杯金融緩和をした黒田さんの10年間でもできなかったわけですから、さらに350万人の人口減少が予想される次の5年間で実現するのは大変です。

 しかも、金融緩和は最初に実行した時に、非常に大きな効果が出ます。日本で13年に行われた際も金利が大きく下がり、株価が大きく上がり経済成長率も高まりました。しかし、長期化すると徐々に緩和効果が薄れていくのです。

 植田さんは、物価の安定が実現できるまで金融緩和をする。長期化する場合は、副作用にも対応するとしています。ここがポイントであり、物価の安定に比重があります。副作用による政策修正の部分を重視し過ぎると日銀の見方とのズレが起きる可能性があると思います。

 ─ 物価目標、物価の安定が達成できない限り、金融緩和が継続される可能性があると?

 白井 政府との共同声明で2%を維持する限り、そう見ています。ただ、金融緩和は継続すると言っていますが、YCC(イールドカーブコントロール、長短金利操作)をずっと続けるとは言っていません。

 この点は慎重に言葉を選んでおり、わかりにくさがあります。

 おそらく、今は副作用がそこまで大きくないものの、今後どういう形で起きるか想定できない、ですから緩和は続けるけれども、YCCではないやり方に修正する可能性を示唆しているのではないかと。政策の手を縛りたくないのだと思います。

 もう1つ、市場が早期修正観測を続ける背景にあるのが、22年12月に日銀が10年金利の変動許容幅を0.25%から0.5%に上げたことです。当時、国債市場の歪み、機能低下に対処するためとしましたが、だとすると、今後も歪みや副作用が悪化したら、同様に変動幅を拡大するのか?と市場は見ています。

 ところが今後、変動幅を0.5%から0.75%、1%にすると、黒田さんが就任する前の金利と同じになってしまい、金融緩和と言えないのではないか?となる。ここが問題です。

 市場は、既に副作用が大きいので変動幅の拡大、10年金利から5年金利に目標の短期化を予想しており、それを正常化の方向として認識しています。しかし日銀は緩和を継続すると言っていますから、その考えが相容れるのか?ということです。

 ─ それでは、日銀はどういうスタンスで臨むべきだと。

 白井 早い段階で立場を明確化することが必要だと思います。つまり、2%目標を重視するなら需要に基づき物価の基調が改善するまで緩和を維持する方針に徹する。副作用への言及はややトーンダウンしないと、市場に政策変更期待が続くわけです。 

 個人的には、金融政策は景気変動に合わせて柔軟に調整できた方がいいので、政府と相談して2%の目標をたとえば1~3%といったレンジに変更することも一案だと思っています。

 難しいのが、黒田さんが総裁を務めた10年間の実質経済成長率は0.5%で、これは潜在成長率とほぼ同じです。経済成長率は需要、潜在成長率は供給を表していますが、この数字から日本はほとんど成長していないことが分かります。

 ─ 要因をどう見ますか。

 白井 内需が弱いんです。家計の実質消費は10年間平均するとほとんど増えていません。

 供給は、資本ストック、技術革新、労働力、労働時間で決まります。しかし、高齢化によっていくらシニア層などが働いても労働時間は減るなど、労働投入が下押しをしています。

 また、企業が設備投資をし、それが蓄積されて資本ストックになりますが、設備投資は増えていても減価償却を除いた資本蓄積にはあまり寄与していません。技術革新も若干伸びているだけなので、0.5%の潜在成長率にとどまっているのです。

 この状況で需要を高め、賃金を上げるのは簡単ではなく植田さんの任期中、金融緩和が続く可能性があるというのは、以上の要因からです。

 もう1つ、良し悪しはともかく、民間の内需が弱いと政府支出が重要になってきます。例えば、政府が補助金を出して電気料金の負担を減らしているのも、景気対策が頻繁に打たれるのも、内需が弱く景気回復力が弱いからとも言える。効果を考えて対象を絞る必要はありますが、今後もある程度の財政支出をせざるを得ないと思います。

 元米財務長官のローレンス・サマーズ氏なども、非伝統的な金融緩和は需要を十分に引き上げる力はなく、財政出動が必要だと強調しています。 

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