2022-10-28

世界が混沌とする中、経営者に求められる覚悟─ キヤノン・御手洗冨士夫の その国の文化、民族性に合わせた人事・雇用を!

御手洗冨士夫・キヤノン会長兼社長CEO

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終身雇用を基本にその弊害を是正


 御手洗氏は1995年(平成7年)に社長に就任。2006年会長。2006年から2010年まで経団連(日本経済団体連合会)会長を務めた。そして2012年会長兼社長となった後、2016年会長。2020年5月、真栄田雅也社長(当時)の辞任(後に死亡)により会長兼社長という足取り。
 同社は創業(1937年)以来、初代社長で叔父の御手洗毅氏が大事にしてきた『自撥(自発)、自治、自覺(自覚)』の〝三自の精神〟を大事にしてきた。
 御手洗毅氏は西郷隆盛の『敬天愛人』の思想に惹かれ、人間尊重主義も謳った。
 御手洗氏はこうした伝統の経営風土を大事にしながら、「会社は常に社会にとって必要な存在でなければいけない」とイノベーション(技術革新)を推進する経営を実践。

 祖業カメラで出発した同社だが、事業構成を社会のニーズに合わせ、新しいものを付加してきた。
 戦後間もなくは、カメラの輸出で成長。1960年代の高度成長期に人手不足が社会の課題になると、複写機、ファックスなどの事務機分野を開拓。
 基礎にあるのは、光学技術である。その光学技術に磨きをかけ、半導体が産業のコメ(米)といわれる時代になると、ステッパー(半導体製造の露光装置)などの産業機器を開拓した。
 光学技術だけに依存していては、次の新しい社会ニーズに応えるにも限界があるとして、御手洗氏は2016年に医療機器メーカーの東芝メディカルシステムズ(現キヤノンメディカルシステムズ)の大型買収を決断するなど、新事業領域への進出にも意欲的。

 イノベーションにしろ、新事業開拓にしろ、それらを担うのは「人」。
 その「人」の潜在力を掘り起こすにはどうすればいいかは、御手洗氏にとって、社長就任以来の一貫したテーマ。
 同社の社是は『健康第一主義、実力主義、新家族主義』だ。
 環境変化は激しく、時代の移り変わりも目まぐるしいものがある今日だが、「働き甲斐があって、住みやすい国にしていく」ために「終身雇用システムが一番いい」というのが御手洗氏の考え。

 もっとも、戦後日本で長い間定着してきた終身雇用制度には〝ほころび〟も出始めた。
 新入社員採用時の〝一括大量採用〟や〝年功序列〟といったやり方には、時代の変化と共に不都合な面も出てきた。
 そこで、終身雇用の平等主義的な面から生ずる〝欠陥〟を克服、是正するためにと、同社は2000年から職務給をベースにした役割給制度をまず管理職から実践。そして2005年から、一般職にも適用している。
 職務給。職務の難易度や責任の度合いに応じて賃金を支払う制度。成果主義や同一労働同一賃金にも通ずる給与制度だ。
 同社は、それまで〝職務遂行能力〟を判断軸にする職能制を採ってきた。知見や経験を重んじるやり方でもあるが、「どうしても緩みが生じる可能性があり、国際競争に勝てない」という判断で職務給をベースにした制度に切り換えたという次第。
 前述したように、同社の売上の76%は海外市場であげている。つまりグローバルな市場で競争して、売上に結び付いているわけで、国際競争力という視点が人材育成には不可欠。
 そのためには、公平性の観点も不可欠。業務が変われば、処遇もそれに見合ったものにするように工夫。約6800ある仕事の分析を行い、その1つひとつを数値化するなどしてきた。

 このように、終身雇用を基本に据えながらも、時代の変化に対応して、雇用制度を変革してきている。


なぜ、今、日本は終身雇用なのか?


 この終身雇用について、一部に「よくない」という声があることに、御手洗氏は「この島国で、同一民族で、同一言語で過ごす限り、ああいう形態が一番いいんですよ。平等になりやすい欠陥もあるんですけれどもね」と次のように続ける。

「サイエンス(科学技術)やファイナンス(財務・会計)はインターナショナルの考えでいいんです。だけれども、人事はローカルなんですよ。その国の文化や宗教、その国の民族性に合った経営をするのが一番合理的なんです。日本は島国で人口過剰、これだけの人が住んでいる。平和に住むために、誰もが職に就くためには、終身雇用システムが最もふさわしいんです」

 御手洗氏は米国キヤノン社長時代、米国での会社経営について、「徹底的にアメリカ流をやってきた」と次のように語る。

「米国での生活23年間のうち、最後の10年間は社長でしたが、社長就任時の経営陣で、10年後に残ったのはたった1人。あとは全部入れ換えました」

 キヤノンの従業員数は世界で18万1800人強。海外の子会社や関連会社はその国の雇用制度で運営し、人員調整を頻繁に行う所もある。

「日本は日本の経営をする。各国別に経営は違っていいと思うんです」と御手洗氏。

 グローバル経営は多様性を伴う経営でもある。

本誌主幹 村田博文

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