2022-10-27

三村明夫・日本商工会議所会頭の訴え「円安は今の日本にとって好ましくない。経営者は金融正常化に向かう中で混乱に向き合う覚悟を」

三村明夫・日本商工会議所会頭



政府と民間が協力して停滞の打破を


 ─ 岸田政権が、その「新しい資本主義」を打ち出していますが、どう捉えていますか。

 三村 私は大いに評価しています。日本経済の停滞について、誰が悪いのかというような安易な議論では本質を見誤ります。例えば家計は貯蓄ばかりで消費しない。これは国内マーケットの拡大を抑えてしまっている。

 企業、特に大企業は収益を相当上げていますが、賃金、設備投資を増やしていない。結果として民間部門の現預金が非常に増えている。設備投資をしていないことからこの20年間、日本の潜在成長率は上昇していない。

 ─ 先日亡くなった安倍晋三元首相の経済政策「アベノミクス」はどう評価しますか。

 三村 アベノミクスは評価しています。当時の日本は円高など6重苦が課題でした。それを「大胆な金融緩和」という第一の矢、「機動的な財政政策」という第二の矢、「民間投資を促す成長戦略」という第三の矢で解決しようとした。行き過ぎた円高を是正し、設備投資を増やし、成長率を高めようという狙いは正しいと思います。

 ただし、一番肝心な日本の成長力を上げるところまでは、まだ至っていません。

 ─ 停滞を抜け出すためのカギは何だと考えますか。

 三村 やはり政府と民間が協力する必要があります。まず、政府は方向性を出さなければいけません。例えばGX(グリーントランスフォーメーション)、DX(デジタルトランスフォーメーション)など重要な部分には政府が資金を投入し、リスクをシェアすることで、民間が安心して投資できるようになります。

 政府は民間と協力して取り組むべきターゲットを決める必要がありますが、同時に、政府が乗り出し過ぎないことも大事です。あくまで政府の関与は必要な分野に限定し、市場経済の下で民間が頑張ることが基本です。

 ─ 中小企業が置かれた状況は厳しいですが。

 三村 日本はこれまでグローバル化の恩恵を受けてきましたが、コロナ禍で人々の行動や価値観が変わり、ウクライナ問題に見られるように地政学リスクも高まっています。さらに、脱炭素といった対応が難しい目標も出てきました。このような状況下で企業は生き残らなければなりません。

 自らを新しい時代に合わせて自己変革することなしには、おそらく生き残っていけないだろうと思います。私が皆さんに訴えたいことは「変化への挑戦」です。とりわけ、その能力を備えているのは中小企業です。

 中小企業の経営者は現場をよく知っています。そして彼らにとって会社が傾くことは、自分自身の存在意義を問われていることと同じです。ですから真剣に会社を立て直すことを考えるはずです。自分の事業ですから、大きな変化への対応も自分の責任において成し遂げられるのです。

「取引適正化」に向けた様々な取り組み


 ─ 三村さんは会頭の任期中に大企業と中小企業の取引正常化に打ち込んできましたね。

 三村 本来、民間同士の取引は自由に任せるのが資本主義の基本です。ところが現実には、大企業の力が強いため、中小企業は交渉の場を持つことさえも難しい。大企業との取引を失うことが怖くて、中小企業の多くは取引の適正化を言い出せないわけです。

 菅前首相時の「成長戦略会議」では、最低賃金が話題になり、皆さんが「ぜひ引き上げるべきだ」と言ったわけですが、私は「賃上げは必要だが、中小企業には余力が乏しい」と言いました。

 なぜなら、賃上げには原資である付加価値がなければいけないからです。中小企業の労働分配率は70~80%程度です。つまり、付加価値の80%程度はすでに人件費として支払われている状況です。私も賃金は上げるべきだとは思いましたが、それには先ず、価格転嫁などの取引適正化によって、付加価値を増やさなければいけないわけです。

 ─ 最低賃金を引き上げるにしても必要な条件があると。

 三村 付加価値を増やすにはコストダウンと販売価格のアップという二つのやり方があります。これを同時に、政府と民間が協力して取り組まなければ、最低賃金は上げられません。

 また、経営者のモラルに訴えることも重要です。経営者は自社の購買部門はフェアに購買していると思っているか、あるいは思いたがっています。しかし、現実は違います。

 ですから経営者は購買部門に対して、「購買部門の役割は単にコストを引き下げるのではなく、サプライチェーン全体でコストも利益も適正にシェアするような取引をすることだ」ときちんと伝える必要があります。このことは、我々が進めてきた「パートナーシップ構築宣言」における重要な考え方です。

 ただ、宣言するだけでは物事は前に進みません。取引適正化のためには、経営者のモラルとそれを担保する仕組みが必要です。政府は具体的な不適正取引の事例を集めています。また、「下請けGメン」(取引調査員)を122名から248名に増やして、実態調査に努めています。

 ─ そこで、ひどいケースがあった場合にはどう対処するんですか。

 三村 あまりにひどいケースについては、行政指導などの措置も必要です。例えば公正取引委員会が「優越的地位の濫用」だとして是正を促したり、「下請中小企業振興法」に基づいて経済産業大臣等が指導・助言を行ったりすることです。

 今回、政府は取引の実態を調査するために、中小企業15万社に対してアンケート調査を行っています。今後、あまりにもひどい事案は企業名公表などの措置が取られると聞いています。

 ─ 国も含め、様々な協力態勢を敷いているわけですね。

 三村 そうです。内閣府や経済産業省だけでなく、国土交通省、農林水産省、厚生労働省も「パートナーシップ構築宣言」の輪の中に入ってもらっています。

 3月と9月を「価格交渉促進月間」と定め、力を入れています。また、関係する政府機関と産業界・労働界との定期的な会議やシンポジウムなども実施され、「パートナーシップ構築宣言」の実効性をさらに高めるための運動が展開されるようです。

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